スプリンギンマガジン

対談

オンラインセミナー「未来の可能性を拡げるSTEAM教育」レポート前編

オンラインセミナー「未来の可能性を拡げるSTEAM教育」レポート前編

STEAMは自分で問いを立て、その問いに対して何か試行錯誤していくこと

2021年10月1日に開催されたしくみデザインのオンラインセミナー「未来の可能性を拡げるSTEAM教育ー探究心は学びの原動力ー」。様々な教育現場でSTEAM教育を実践されているSTEAM教育家の中島さち子氏をお迎えして、STEAM教育とはなにか、そしてSTEAM教育を実践する効果的な方法をお伺いしました。聞き手は創造的プログラミングアプリ「スプリンギン」の開発者である株式会社しくみデザイン代表の中村俊介。この記事ではセミナーの模様を再構成して、レポートとしてお届けします。

レポート前編では「STEAM教育」と「探究」という言葉について考えてみました。

STEAMって結局どういうこと?

中島:今日のイベントタイトルは「未来の可能性を拡げるSTEAM教育」ですし、今日参加いただいている皆さんは「STEAM(スチーム)教育」って言葉自体は聞いたことはあるよ、って方がほとんどかもしれません。STEAMは実社会の課題解決のために必要な5つの分野の英単語の頭文字を組み合わせた造語で、それぞれ

S : Science
T : Technology
E : Engneering
A : Arts
M : Mathematics

の頭文字を取っているとされているのが一般的な定義です。ただSTEAMがしっかり定義されているかというと、実はそんなことはないんですね。私はいろいろな方とお話させていただく機会があるのですが、「スチーム教育」って言うと「蒸気を使う教育なんですか?」って返されることもまだまだあります。先ほど申し上げたとおり、STEAMはあくまでも造語にすぎないので、私はみなさんがそれぞれに大事なものに入れ替えて、変えてしまっていいとすら思っています。

その上で今日は先ほど申し上げた、Science、Technology、Engneering、Arts、Mathematicsの5分野という定義でお話をしますが、これらの単語に適切な訳を当てるって結構難しいんです。例えばTechnologyとEngineeringの違いって難しいですよ。Technologyには技術、Engineeringには工学って訳がよく当てられるのですが、この2分野って全く別のものではない。

中村:なんとなくテクノロジーは具体的な形がある感じがしますね。対してエンジニアリングは何かを作り上げようとする行為そのものだったり、そのための手法だったり。

中島:なので私はSTEAM教育の文脈では、Engineeringを「ものづくり」と訳しているんです。

中村:そういう意味でいうとEngineeringとArtsも似ていますよね。Artsには芸術って意味だけではなく、手法とか、それこそ技術という意味もありますし。そしてArtsと複数形になっているところから、いわゆるリベラルアーツ=教養という雰囲気も出てきます。

中島:そうなんですよ。STEAMの「A」にも社会や法律、哲学や文化など、いろんなものが入ってくる気がしています。だからSTEAMって、厳密には分けられないものなんだと思うんです。STEAMそれぞれの分野にそれぞれ専門性があって、その専門性を追求することに喜びがあります。その上で現代はそれらの分野がぐちゃっと絡み合うことで新しいものが生まれるカオスな時代と言えると思います。

中村:逆に考えると、STEAMの5分野ってそれぞれバラバラであれば、今の教育カリキュラムに入っているとも言えますよね。そもそもその5分野を別々に分けて教えるんだったら、それってこれまで日本でやってきた学校の教科学習と一緒になっちゃいますし。

STEAMには「ワクワク」の文脈が大切

中村:今の話の流れで、僕がよく質問されることをさち子さんに聞いてみたいと思います。それはなぜ「STEAM教育」がそう呼ばれるか、ということです。

STEAMがこれからの教育にとって大事なことだってことはほとんど議論がないと思うんですよ。であれば、「STEAM教育」という特別なものがあるかのようにしなくてもいいんじゃないか、単に「教育」って言葉でいいんじゃないかって問われるんです。

対して僕はその質問に対して逆のアプローチなんですね。なぜSTEAMを「教育」しないといけないのか、と感じているんです。日々の遊びや生活の中にSTEAMがあると思っているんですが、「STEAM教育」という言葉になると、「やらなくちゃいけない」「教えなくちゃいけない」って感じになるじゃないですか。つまりSTEAMが教育の文脈に落とし込まれている気がするんです。さち子さんは「STEAM教育」って言葉をどう捉えていますか?

中島:言葉って、その響きから何を感じるか、どんな印象を持つか、そしてその言葉を誰が言っていたかというような文脈が必ずついてきますよね。私も最初の頃は「教育」ってつけるかどうかをいつも迷っていました。ただ、今は緩やかに考えていて、単にSTEAMでも、STEAM教育でもいいと思っています。STEAM学習って言い方もあるんですが、なかなか伝わりづらいので、STEAM教育って言葉で説明することが多いですね。

その上でなぜ「STEAM教育」って言葉で説明するかというと、STEAMの概念が入ってきた経緯の影響をうけているからだと思います。

中村:STEAMって言われるようになったのは実は最近のことで、その前はSTEM(ステム)と呼ばれていたんですよね。Artsが加わったのは2000年代後半のことで。そしてそのSTEMが最初に導入されたのは大学のカリキュラムだったと。

中島:それは日本でも同じで、STEMは大事だよねってことはかなり大学の研究の世界では広まっていたんです。しかしなかなかその重要性が高校以下に下りてこなかった。STEMの重要性が語られはじめたときって、どうしても理系の学生に向けたものだって印象が強かったんですよ。サイエンス・テクノロジー・エンジニアリング・マスマティックス、つまり科学・技術・工学・数学という理系っぽい単語が並んでいるからです。

中村:小・中・高校でも理科教育自体はやっているし、STEMって大学くらいの高度なフェーズのものだと思われてしまっていたってことですね。

中島:でもSTEMに関する文献などを読んでいると、むしろ何というか、ワクワクするような言葉が並んでいるんです。例えばExploration(探検)やInquiry(探究)、Curiosity(好奇心)、Playfulness(遊び心)とかですね。

中村:STEMが進化して、Artsが追加されたのがSTEAMだって勘違いされがちですけど、そもそもSTEMの概念の中にArtsの部分が含まれていたと。

中島:そうなんですよ。でもだからこそ、やっぱりすごく大事なものとして「Arts」があるよ、ということを象徴的に伝える必要があると思うんです。私は特に日本では絶対に「A」を入れたほうが届くと思っています。STEAMという言葉を聞いたときに、みんながちょっとワクワクするようなイメージを持ってもらえるようにしたいですよね。

そしてそこに「STEAM教育」と、敢えて「教育」をつけると、急に小・中・高校のフェーズにおいても大切なことのようなニュアンスを感じてくれる人が増えてくるのも確かです。

「サイエンスやテクノロジーって専門的な人が勉強する分野でしょ」「エンジニアリングなんて私は知らないよ」って人たちにも、「教育」の文脈をつけることによって、関係性や重要性に気づいてもらえたり、なにか新しい世界が見えてくることもあるんじゃないでしょうか。

中村:なるほど。STEAMって言葉はすごく特別なことをしているような印象を与えるけれども、そこに教育の文脈を付け加えることで、「そうか、教育の一環として捉えればいいのか」と身近に感じられるようになると。確かにそうですね。

逆に「STEAM教育」って言うことによって、「教育」って言葉のイメージをアップデートしたいって意図があるのかもしれません。教育って言葉から受けるイメージって、答えが一つしかない問題の正解を探すとか、テストでいい点をとるとか、本来教育が持っている理想が形骸化した閉塞感のある今の状況を感じさせるものだと思うんですね。ただそこにSTEAMを敢えて新しい概念として教育に取り入れたような感じにすることによって、今の閉塞感を打ち破ろうというメッセージが込められているのかも。

中島:20世紀から21世紀に向かう時代の流れの中で、言われたことをちゃんと言われたようにできる力より、新しいものを見出して、自分で考えて、何回も何回も試行錯誤しながらもまだ見えてない世界を見つけられるような力が求められるようになってきたんですよね。

ただそのような力って21世紀にこそ求められる力だって言われますが、実は誰もが子どもの頃に経験したことのある、人間が根源的に持っているような喜びのようなものだとも思うんです。

答えがない時代における「探究」

中村:僕、間違えることをダメっていうのを小学校で禁止してくださいって本気で言いたいんですよね。うちの娘は小学生なんですけど、やっぱり間違えるのが怖いんですよ。そして間違えることを怖がるようになると、答えなくなるんです。間違えたくないから。「大丈夫。間違ってもいいから言ってごらん」と言っても、どこかで間違えたくない気持ちがあるので、思ったことを何でも言うところまではなかなか行かないですよね。

中島:「イエス・ノー」「正解・不正解」だけではない、「あなたはどう思う?」のような、open‐ended question(開かれた質問)も大事ですよね。

中村:質問には常に正解があると思ってしまうと、先ほど出てきた「何回も何回も試行錯誤しながらもまだ見えてない世界を見つけられるような力」は育たないですよね。その上で今日もう一つ議論したいキーワードが「探究」です。

日本の高校でも「探究型学習」が2022年から取り入れられるなど、新しい教育キーワードとして「探究」が取り上げられている気がするんです。ただ先ほどSTEAM教育のキーワードの中にInquiry、つまり探究が入っているっておっしゃいましたよね。つまりSTEAM自体が探究なんじゃないかと感じているのですが、さち子さんはどう考えていますか?

中島:私もほとんどそう感じていますね。先ほど申し上げたとおり、STEAM教育ってしっかりとした定義があるわけではないんです。ただ、STEAMって学ぶ内容というより、学び方なんですよね。数学者のように考えてみようとか、アーティストやエンジニアのように作ってみようといったような「way of learning of a living」だって書いてある本も多いですね。だから自分で問いを立てたり、自分以外の人とチームを組んでのプロジェクト型学習だったりするわけです。これをわかりやすい日本語にすると「探究」がしっくり来るのかもしれませんね。漢字の意味もぴったりですし。

中村:わかりやすいですよね、探して、究めるわけですから。

中島:答えがないことってすごく怖いことだと感じる人も多いと思うし、その気持ちもすごくよく分かるんですが、でも半ば慣れみたいなところもあって。

中村:でも今はまさに変動性・不確実性・複雑性・曖昧性の「VUCAの時代」と言われますよね。子どもたちだけでなく、私たち大人もその世界にいるわけで。

中島:もちろんこれからも暗記や知識は大事なんですよ。ただその暗記して覚える知識って、歴史上で誰かが見つけた大発見なわけです。つまりその知識自体も探究のプロセスを内包しているわけです。だから知識を正確に答えられるようになるというより、その知識を「作り手目線」で見られるようになると面白くなると思うんですね。どうやってこの答えにたどり着いたんだろうとか、これって本当なのかな、という視点で知識に接することが今すごく大事になっていると思うんですね。私はこれを「創造性の民主化」と呼んでいます。

その上で探して極めていこうとする探究心、そして自分で問いを立ててその問いに対して何か試行錯誤していくこと。終わりがない旅路かもしれないけれど、このプロセスに小さな頃から慣れていくことが大事なのかもしれません。

中村:答えがないほうが僕は面白いと思いますけどね。自分で何を言ってもいいわけだから。

中島:そうですね。ただ、そう思えない人たちもいて、それは決して悪いってわけじゃないと思うんですよ。ただそういう状況に慣れていないだけ。特に日本は文化的に「あなたはどう思う?」って質問をされることが少ないですから。そしてもちろん性格的な要素もあると思います。

その上で大切なのは、同じ問いでも、人によって全く感じ方が違うし、その感じ方はどれも正解なんですよ。そうすると新しい世界が見えてくるというか。なので探究心ということを考える上では多様性って本当に大切だと思うんですよね。

 

 

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